家は代々女系家族だった。
上に姉が三人。下に妹が二人。
生まれた瞬間から、地獄のサバイバルは始まっていた。

家族で唯一仲間と成りうるはずの父親は、年がら年中仕事と言って世界を飛び回っている。
一応彼は仕事を名目としているが、ただ単に家に帰ることにビビっているのだと志紀は思う。
権力は絶対的に、女たちが握っているのだ。
女の恐ろしさは知っている。

と、言うわけで。



警察署の妖精と名高い愛里と出会ったときも、志紀はグラリともドキリともしなかった。

っていうか、出会い方が最悪だった。
そのとき志紀はパトカーを洗浄していた。
そこにトコトコ愛里が歩いてきたので、彼女を一般人だと思った志紀は話しかけた。



「あ・・・どうされました? お困りですか、お嬢さん?」



家では女性に優しくすることを教えこまれている。
というか、優しく接しなければ家では生きていけなかった。

そのとき愛里は私服を着ていた。
志紀といえば、警察署に勤務し始めたばかりで愛里の存在を知らなかった。
志紀は愛里のことを、中学生ぐらいだと勘違いしていたのだ。
愛里の顔がピシリと引きつる。傍目で見ていた志紀にもそれが分かった。
それから愛里はわざらしく愛くるしい笑みを作り、そうして言ったのだ。



「あら・・・あなたは、アルバイトの方?」



今度は志紀が顔を引きつらせる番だった。
志紀は正式な制服を着ていた。
アルバイトもひったくれもないのである。
さらに愛里は高校生?と重ねて尋ねた。

志紀はもちろん、自分が童顔だと自覚していた。
そしてそれは最も言い表されたくない言葉だった。



こうして最悪な出会いを果たした二人は、不幸にもその後、ペアを組まされることとなった。
童顔で、警察署随一の可愛らしいペア
(童顔、可愛らしいという言葉は志紀の心をメッタメタに傷つけ、志紀のさらなる精神成長に一役買った。)
として警察署の目の保養となっている二人の仲は、実際は最低だった。


パトロールの際、どちらが運転するかを決めるときにも一騒動あった。
女のように綺麗な顔をしていた志紀だって、その中身はまごうことなき男である。
男が助手席に座るなんて嫌だというささやかなプライドも、愛里は鼻で笑って一蹴してしまった。
そして志紀も、愛里の超人的な運転センス、
垂直の壁を車道に変えるアンビリバブルな妙技を見せつけられてから、大人しく運転権を愛里に譲ることにしたのだった。

こいつ、可愛い顔して限度を知らねぇ。
ちなみに後部座席に人が座る場合には、志紀は必ずシートベルトをするように促すことを決めている。
彼女の運転は死人が出かねない。


愛里は確かに、警察署の皆に専用マスコットのごとく愛されているだけあって、可愛いらしかった。
動作もいちいち可憐だ。
ただし志紀に対する態度は最悪だった。
性格はそんなに悪くはないはずなのに。悪い点を挙げてみても、少しわがままな程度だと思う。
初対面で志紀が中学生に間違えたことを、まだ根に持っているのだろうか。
・・・確かに失礼だったとは思うけれど、愛里の場合はわざわざ嫌みを言い返したのだから十分に仕返しはなされたはずだ。

愛里は先輩であり、二つ年上ということもあって志紀をよくパシリに使う。
目の上のたんこぶが増えた。姉がもう一人いる嫌な感覚に襲われる。

だから女って嫌なんだ。


そのくせ志紀にはそんな態度をとるくせに、彼女は幼い頃助けてもらったという年齢四十代前半の男にメロメロだった。
彼は志紀にとってもいい上司である。
確かに渋く男前で、ざっくばらんな性格が部下からも慕われている男だ。名前は藤木満。
愛里のことは、姪のように可愛がっている。


彼らが二人でいるところは、志紀が見てみても確かに自然と笑みがこぼれるほど微笑ましい。
愛里は本当に、藤木の前では心の底から可愛い顔をして笑うのだ。

・・・しかし若いさかりの男が、四十の男に負けるって・・・。

















「こら、志紀っ、寝ちゃだめって言ってるでしょっ!」

「へーへー、目ぇかっぴらいてちゃんと起きてますよ、愛里さん」



愛里の言われのない罵倒に志紀は気のない返事で応えた。
こんなことは日常茶飯事だ。


愛里は昨日解決した事件の処理をしていたために寝不足なのか、少しイライラしていた。
そしてその八つ当たりの八割程度が志紀に向けられるわけだが、誰か何とかしてほしい。


愛里はブツブツ言った。



「もう、なんで私の相方がアンタなのよ。しかも三年目。なんで。」

「同感ですね。望む人がいれば喜んで代わってやりますよ、心から。」

「なんですって。」

「いえ何でも。」



どっちなんだ。
志紀は心の中で思った。

否定すればもちろん怒られるだろう、なのに同意しても怒られた。
今日の理不尽さかげんは酷い。
どうやら何も言わず黙っておくのが今日の一番賢い選択らしいかった。

・・・この我が儘で、それが許される美貌を持ったお姫様は、自分か、それとも藤木さんにしか扱えないんじゃないかと思うのもまた事実。




そう志紀が思っている間に、
愛里の目が、突然キラリと生き返ったように光り、ハンドルを握る華奢な手に力がこもった。



「・・・スピード違反発見! ・・・あのナンバー・・・くそっ! もうしないって言ったのに、あの野郎!」



その言葉使い、藤木さんが知ったら泣くぜ。

志紀が横のドアににしがみつくのと同時に、パトカーは急発進した。
もしこの先、鞭打ちで志紀が入院することがあるとすれば、それはひとえに愛里の運転に責任があると思ってほしい。










END