ベッドに横たわる少女を、ジャンは冷ややかな瞳で見下ろした。
感情の欠片も感じさせない凍ったその眼差しを、
彼がいつから身についたのか、自身でさえ思い出せない。
しかし陰でいつも言われていたことだから
彼のそれはもしかしたら生来のものなのかもしれなかった。
特にジャンの弟・ジョゼという青年はジャンと反対に穏やかで優しげな目をするから
ジャンの冷酷さはさらに極まって人の目に映るのかもしれない。
ジャンは口を開いた。
「・・・確か、これは病気か何かを患っていたのだったか?」
これとは、今もベッドに伏せっている少女のことであり
彼女は一度も日に当たったことのないような透けた白い肌をしていた。
少女・・・いや、少女と呼ぶには幼すぎる。
十歳にも満たない子供だった。
「あぁ、その通りですよ。CFS症候群という病気で、全身が動かなかったそうです。
・・・安心してください、その辺は改良しましたから。これからの使い勝手には問題はないと思いますよ」
真っ白のカーテンの向こうで、男の声が答えた。
少女から顔を背けたジャンは、それで全て興味を無くしたように見えたが、そうではなかった。
「・・・病気でここに運ばれてくるのは珍しいな」
「まぁ、そうですよね」
男の声が、適当な感じで受けあった。
すでに存在している少女たちは全て、
何らかの事件や事故に巻き込まれて死ぬ思いをしてきた者たちだった。
だが・・・、とジャンは思った。
「・・・案外お前が、一番死に近かったのかもしれないな・・・」
自分の意志では指一本も動かすことのできなかった少女。
それこそ、何よりも耐え難い地獄だったことだろう。
「・・・はい? 何か仰いましたか、ジャンさん」
「いや」
カーテンから顔出したその男は、少女を見て、しみじみと言った。
「しかし生きるというのも考えものですね、
こんな所で勝手に体を改造されて、これからは兵器として使われるんですから」
「無駄な同情はしないことだな。
これは既に人間ではなく、義体だ。道具に同情は必要ない」
ジャンの冷徹な口調に、男は肩をすくめた。
彼の言葉はいつでも的確だったが、頭でわかっていてもそうだと割り切れないのは、人間ゆえである。
けれどチラリとも躊躇を見せないジャンその人こそ、命令に忠実に動く蝋人形のようだった。
「それで? ジャンさん、この義体の名前は何にするんです?
この場合、道具だからって名前を呼ばないわけにはいかないでしょう。一応半分人間でもあるんだから」
視線をきって、ジャンは窓の外を見やった。
くすんだ灰色の空。
そういえばジャンが覚えている限りで、このような空の色しか見たことがないような気がする。
口を開いた。
「もうすでに決まっている。“リコ”だ」
「はぁ、リコ・・・って、リコっ?
いいんですか? その名前は、イタリアでは男の子につけるものですよ」
「構わない」
義体の名前は、その持ち主が決める。
その少女の所有者であるジャンがそう言うのだ。
男は肩をすくめただけで、それ以上何も言わなかった。
リコ(Rico)――男性名Enricoの短縮形
そのEnricoを女性名に直すとEnrica――エンリカとなる
リコ(Rico)――エンリカ(Enrica)
エンリカとは、ジャンの妹。
そしてもうすでに死んでいる。
妹が生きている間も、一度として彼女の気持ちなど省みなかったジャンがどうして自分の義体に同じ名前をつけるのか。
完全に道具として少女を扱うことしか考えていないはずなのに。
ジャンはもう一度、その冷徹な眼差しで少女を見下ろした。
リコと名付けたこの少女。
リコはやはり、何度見ても、今にも目を覚ましそうにも、このまま永遠に眠っていそうにも感じた。
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