冬咲き桜物語 フユサキザクラモノガタリ
一咲 雪解けに鳴く春告げ鳥(ハルツゲドリ)
「小夜(さよ)、和夜はもう寝たのか?」
「ええ。」
砂夜は暗闇の中、尋ねる夫に返事を返した。
表情こそ見えないが口調から微笑んでいることが伺える。
「しかし早いな・・・。和夜が生まれてもう2ヶ月か。」
「ええ。本当・・・時の流れとは早いものです。」
差し込む月明かりがうっすらと一組の夫婦とその子供を映し出す。
家族の顔を確認した小夜は最愛の夫と娘の頬を交互に撫ぜた。
「寝ましょう。明日も早いですから。」
「ああ。おやすみ小夜、和夜。」
朝、母の体温が消え去ったのを感じ取ったのか赤ん坊はうっすらと目を開け、呼んだ。
「あーう。」
「どうかしたのか?和夜?」
手を差し出せば母親の体温にすがるごとく小さな手で一つの指を掴む。
「はーはーうぅえ・・・・?」
「和夜!」
小さな呼びかけに歓喜の声と共に小夜は駆けつける。
「祭蔵、祭蔵!」
珍しく騒ぐ妻に祭蔵は何事かと駆けつけた。
「一体どうした?」
「和夜が母上と、母上と呼んでくれた!」
「本当か!?」
「ええ!」
あまりの嬉しさにいつもより大きな声。
普段おとなしい彼女だが、今日は違う。
「和夜、和夜。もう一度いってごらん?」
「あーうー、はーうぅえ?ちーちーうぅえ?」
「!」
「小夜!」
夫婦は互いにひしと抱き合い、その喜びを分かち合った。
「ああ神様、ありがとうございます。」
我が子の成長に母親が感謝を告げれば、和夜もきゃっきゃっとマネをした。
「はーうえ。」
繰り返す和夜の声はどこか暖かで、それに答えるように外から鶯が鳴いた。
ほー・・・・・・ほけきょッ
高く澄んだ空気を通してその鳴き声は、寒いこの地方の雪をさらさらと溶かしにやってくる。
「お前に似て、この子は優しい子に育つといいな。」
「ふふ。」
少し残る白い冬の残り香は少しずつ、少しずつ春のために姿を変える。
めぐりめぐる季節は次の季節のための思いやりを忘れない。