お雛さま騒動!! 01
「ぶふっ。やべ、激似。」
「ダメですよ、玖音、描いた本人が笑っちゃ・・・・・ぐふっ。ケホッ。やば。変なとこ入った。」
玖音、弥星が二人でクスクスケラケラと笑っている。
あぁ、またえげつないことが起ころうとしているのだろう。
謝罪の気持ちはどこへ行ったというのだ。
なんてね。あぁ、そんなモノ、毛頭に持ち合わせて無いんだろうなぁ、この人たちは。
僕こと、庚はそう思いながら、どうしてこんなことが起きたのかと、少し前の自分を思い返していた。
あれは今日の午前のことだった。
昨夜大雪が降ったのだ。今年初の、雪だった。
姫のただっ広い庭に皆で繰り出して、どこから持ち出してきたのか羽子板で遊んでいた。
いやいや、雪で初雪なんだから、雪遊びか何かしろよ、っていう突っ込みは、今は無しにしてほしい。
庭中を雪かきしたところで、その冷たさに手が痛くなり
ちょうど休憩を取っているときに弥星が羽子板なんてものを持ってきたもんだから。
・・・っていうか、真面目にどこから掘り起こしてきたんだろう。
雪かきで一人だけいないと思ったら!
「ゆけっ!!弥星スーパー・ミラクルスマッシュっ!!」
「ふはははは。甘いわ、弥星っ!」
バシィッ!
それで、だ。
どうして羽子板が、テニスのルールで進んでいくのだろう。
僕はぼんやりと彼ら二人を見ながら考えた。
羽子板って、アレ、
僕の記憶が正しければ、着物を着た子供たちなんかが、こう、ゆったりと、
羽を相手に飛ばしたり返したりするものだったはずだ。
落とした人が罰ゲーム、とか言って、顔に×とか○とか書かれちゃったりしてさ。
「俺から一ゲームも取れると思うなよっ!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますっ!」
ドゴォッ!
・・・・・・・・・・・・・・・目の前のこれは、何が起こってるんだろう?
どうして羽が消える魔球と化しちゃってるんだろうか。
なんで?
アレは痛いと思う。当たったりしたら、かなり。
「おい、神無。」
「んあ? 何?」
「お前もしねぇか?」
僕の横で同じようにぼんやりと見ていた神無に玖音の声がかかった。
羽子板はもはや、すさまじい攻防戦を繰り広げている。
神無はニコリと笑った。
すばらしいほど輝いている横顔から、僕は思わず逃げ出したくなった。
「いいよ。」
あぁ、やっぱり!!
神無が加わったというのならこの羽子板はもう完全に、羽子板であって羽子板ではない。
俺は絶対にやりたくない。
俺は絶対にや
「何ですってっ?! 神無と玖音が加わったら、2対1になるじゃないですか。」
「いいじゃねぇか、別に。」
「何言ってるんですか、駄目に決まってるでしょう、非常識な人ですね。
こうなれば、こちらも2人にしますよ。庚っ! 早く準備してください。」
「・・・嫌です。」
来た。来た来た来た。
何か最初に玖音と弥星が始めたころから、こうなると薄々気づいていたといえば嘘ではない。
「何言ってるんですか。来てくださいよ、庚。神無と玖音が組んだら怖いんですから。」
「・・・・嫌です・・・・・。」
「良いから今すぐ来い。」
ガツッ!
弥星はこちらを見ずに羽子板を投げつけた。
庚の右手の真横に、垂直に地面へと突き刺さる。
怖いッッ。
「あ、葉月もやります?」
「僕はやらない。」
やらない、と、二度も宣言して葉月はパソコンに向かった。
先ほどまではまんざらでもなさそうに羽の行く様を見ていたのに、
自分にその矛先が向いたとなるとなんていう行動の早さだ。
「そうですか。残念ですね。」
弥星も早々と引き下がる。
何故だ。
庚はため息をついて、深く地面にめり込んだ羽子板を持って立ち上がった。
びっくりした。
羽子板が深々と削った土の色。
それが表面のそれと随分違っていた。
血の気が引いた。
僕も葉月みたいに嫌ならもっとはっきりと、拒否の意を示せばいいのかな。
いや、分かってるんだけどね。どうも自分の意見を表に出すのが、苦手なんだ。
それに別に・・・・羽子板が本っ当に嫌、っていうわけじゃないし・・・・・
はっ。いやいや。この気の迷いがダメなんだ。
弥星達はこの心の隙間に入りこんできて、ズルズルと自分たちのペースに巻き込んでいくのだから。
そこまで分かっていて、僕はなおも首を振った。
そんなことない。
たとえ僕が葉月のように断固として彼らから抗おうとしても。結果は同じだ。
多分無理やり参戦させられる。
「では、いきますよー、庚。玖音と神無に負けちゃいけませんよ。」
「はんっ。いいじゃねーか、楽しめそうだぜ。」
「ふふっ。私を退屈させるんじゃないわよ。」
「軽口が叩けるのも今のうちですよ。ね、庚。
僕らの伝説のダブルス、彼らに見せつけてやろうじゃありませんか。」
・・・いつ伝説ができたのかは突っ込まないことにする。
試合、再開。
「おらぁ、サーブッ!」
バシュッ
だから、なんで羽子板がテニス式に。
「全然ダメですね、レシーブですっ!」
ガコッ
消える魔球。
「ほらほら、何を庚、ぼさっとしてるんです?
神無が来ますよ。ポーチです。ポーチへ走ってください!」
「・・・はい。(ポーチって)」
「ふふふん。いくよわよ、庚ッ。この渾身の一撃、受けてみやがれぇぇええぇえぇいっ!!」
ドババシュ!!
怖ッ!
マジで怖い!
本当に恐ろしいってば!
なんで可愛らしい飾りのついた羽が消えたりするの?
打ち返す羽子板の音も、えらくえげつないよ!
何か遊び方間違えてない?
絶対間違えてるってば!
目の端で見れば、葉月は高みの見物気分でこちらの行方を見ていた。
助けを求めたかったが、油断すれば鉄拳のような羽が、顔にめり込む。
「・・・あぁ、あぁ、庚、馬鹿ッッ、そこを上げたら・・・・・」
「へへいっ、いただきだぜっ!」
「・・・・! そうは問屋が卸しませんよ・・・・っ!」
そう。
僕が間違えて玖音の目の前に短いロブを上げ(だからなんでテニス用語)、
弥星が叱咤しながらもすばやく玖音の前に立ちはだかり、
両者高く飛び、
その羽が落ちてきたとき、
羽子板を大きく振りかざし、
ヒュッ、
バコンッ、
バリーンッ
ガラスが、割れた音が。
「・・・・・ひっ、ぎゃああぁあっぁぁぁぁあっ!!」
「な、茄月っ、茄月、大変っ!!」
・・・・・・ねぇ、なんで。
葉月なら一部始終見ていただろうと振り返ってみれば、
彼はちょうどパソコンと睨めっこをしていて見ていなかったようで、
その美しい眉を寄せ、怪訝な顔で首を傾げた。
そりゃそうだ。
何がどうして羽が館のガラスを突き破るのか。
いや見た。
僕は見た。
確かに眼前で起こったことなのだ。
弥星と玖音の羽子板が合わさりあい、
どいういう効力が働いたか知れないが、羽が直角に曲がったのだ。
本当のことだ。
羽が垂直に軌道をつくった。
それで館の窓へ、バリーンと。
続いて茄月の悲鳴だ。
それがまだ続いている。
「あれー・・・・何かヤバイ感じですねぇ~。」
豪快に破壊された窓を見つめ、弥星がニコリと微笑む。
「・・・・俺、知ーらね。」
玖音がそ知らぬ顔をしてポイと羽子板を放った。
「・・・待ちな。逃げると男が廃るわよ。」
「ぐへっ。やめてくれ。首、絞まってマス。」
逃げようとした玖音が、すばやく神無に首元を掴まれた。残念。
葉月は頭を振り、ため息をつきながらパソコンを閉じた。
あぁ、何か嫌な予感。
いや予想は、してたんだけどね。
戻 →