「そんなに俺が嫌いか?」
大きな絆創膏の上に手をあてて、頬杖をついた丙の言葉に、茄月はうっとつまった。
銀がかった髪と瞳、それさえ無視をすれば庚と何一つ変わらない。
それだというのに、こんなにも受ける印象が違うのは、その体に宿る性格が全く違うからだろう。
「べ、別にそんなことは言って・・・」
「嘘つき。本当、お前、分っかりやすいなぁ。」
怒るどころか丙は、愉快そうに笑い声をたてた。
茄月の顔を、覗きこんでくる。
何よ。そう言いつつ、茄月はたじろいだ。
「・・・あのさ~、お前、あんな庚の、どこが好きなわけ?」
「なっ、ななな、何で知って・・・!」
「はァ? なんだよ。俺より、あのノロマの方が好きなんだろ?」
「・・・あ。そいうこと・・・」
あぁ? 何がだよ。
と言う馬鹿な丙に、密かに茄月は安堵した。
・・・っていうか、この鈍感さも庚にそっくりだった。
「おい。で? あの弱っちぃ庚の、どこがいいんだよ?」
茄月はムカッとした。
「あのねぇ、ノロマとか弱いとか、庚に対して失礼でしょうが!!」
「はァ? 事実だから、別に何言ってもいいんですー」
茄月はピクピク怒りに震えた。
その言い方といい態度といい、お前は反抗期の幼稚園児かー!!
「それに庚は俺の影なんだぜ? ニセモノをホンモノがどう言おうが勝手だろうが。」
アハハと嘲たような笑い声が響く。
それなのに丙は、まるで何もかもが許されると思っているように、真っ白な笑顔で笑うのだ。
丙は、茄月の表情に気がついた。
「・・・なんだ、茄月? お前、何怖い顔して・・・」
「・・・本当、最低だね。」
「は・・・?」
茄月はキッと、丙を睨んだ。
「そーよっ。言ってやろうじゃない、馬鹿!!
丙なんて、嫌いだよ!! 大嫌い!!」
「なっ・・・なんだとコラぁ?! ケンカ売ってんのかてめェ!!」
「はァ? 丙の言ったこと、ただ肯定してるだけでしょうが!!
ケンカ売ってんのはアンタよ、馬鹿!!」
「馬鹿だとっ? ・・・お前、本当、可愛くねぇ!」
「可愛くなくて結構~」
「おまっ・・・本当、こんな女を助けるんじゃなかったぜ。」
茄月は黙った。
そうなのだ。
丙の頬についた傷、それは茄月を丙が庇ったときに負ったものだった。
もし丙一人なら、まさかそのようなヘマをするはずがない。
茄月は額に手を当てた。何をやっているんだ、自分は。
茄月はこんな言い争いをするためにここへ来たのではない。
「もう・・・。丙が嫌味だから悪いんだよ!」
「あぁ? なんだ、いきなり」
こう言えばああ言い返す。
乱暴な口振りをきかす丙の隙間をぬって、絆創膏が貼られた頬に、茄月は手をあてた。
茄月の手など丙なら所作もなく避けれたはずだろう。
しかし敢えてそうしなかったのか・・・それとも、避けられなかったのか。
丙はじっと座っていた。
茄月を見る二つの瞳は、本当に誰よりも澄んでいて。
ある意味では庚よりも純真な色に近いのかもしれない。
これが厄介なのだと茄月は思った。
「・・・怒鳴っちゃってごめんね、丙」
丙は黙っている。
「それから、この怪我のことも。ごめんね・・・丙、庇ってくれて、ありがとう。」
丙は黙っている。
彼はただ、口を閉ざしたまま目を軽く閉じて、
頬にかかる茄月の手に寄りかかっているように見えた。
しかしやがて、茄月の指先が離れると同時に、丙は目を開けた。
茄月は言った。
「私は本当はそれを、言いに来ただけ。」
「・・・どうして謝る。」
「え?」
「俺の怪我、どうして謝る。」
「え、そりゃあ・・・私を庇ったせいだから・・・」
「俺が嫌いなんだろ? じゃあ、なんで謝るんだ。勝手に庇って傷ついて、
清々したとか思わないのか。・・・そういや礼も言ったな。なんでだ。」
「・・・呆れた。丙って、本当にひねくれてるんだね」
これが庚なら、例え太陽と月が逆転しようともそんなことは言わないだろう。
丙はニヒルにも口の端を上げた。
茄月はため息をついた。
「謝るのもお礼を言うのも、そんなの、好きも嫌いも関係ないでしょうが」
「ふーん。あっそ」
「アンタねぇ、だから、そういう態度が・・・」
「なんだ」
「いえ。なんでも」
またうっかり言い合いを始めてしまいそうだ。
さすがの茄月も自重して口をつぐんだ。
・・・ここで一つ訂正しておくと、茄月はそんなに言うほど丙のことを嫌ってはいない。
嫌いではないが、どうしてもぶつかってしまうのは仕方がない。
お互いが何か余計なことを言い出す前に、茄月は部屋を出て行くことにした。
「・・・それじゃあね、丙。本当に、ただそれだけを言いに来ただけだから。
本当、大変失礼しました。部屋にドカドカ押しかけて、何様俺様丙様を不快にさせて、すみませんでしたね」
丙からの返答はなかった。
茄月もはなからそんなものを期待していなかったので、構わず部屋のドアを開けた。
茄月が出て行く寸前、
「・・・どうせ、庚の方が、好きなくせに。」
そんな声が茄月の耳をかすめた気がしたが、それを確かめる前にドアが閉じてしまった。
ドアをもう一度叩いて中に入っていくほど、茄月と丙は近くない。
けれど崖のように二人の間が隔てられているわけではないから、
丙のことは嫌いじゃない、それぐらいは、訂正してやればよかったかもしれないと、茄月はその時思った。
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