茄月は手短にあったテーブルに腰掛け、膝の上で頬杖をついていた。
ねぇ、と声を零す。



「いつまでするの?」



いわんやそれに返答はない。
横を見ると窓が閉じられたままなので、
このせいで部屋の空気が悪かったのだと、半ば腹いせに窓を開いた。



「よっこらしょーっと・・・庚~、そっちの方、どうです~?」

「あぁ、もうすぐ終わりそうな感じです」



弥星につられて、庚も腰を伸ばした。
弥星は何かを引っ張り出し、意気揚々と庚を振り返った。



「あ、そうそう、庚、これとか要りません?
ほら、前にあげた棚に合いそうでしょう」

「あぁ、確かに・・・」

「って、スト―ップ!」



二人の男が同時に茄月を振り返った。
弥星は憮然とした様子で。庚はきょとんと首を傾げた。



「また弥星、庚に要らない物を押し付ける気?」

「押し付けるって・・・嫌ですねえ茄月、人聞きの悪い」



人聞きが悪かろうが何だろうが、事実だ。

弥星の部屋には何もない。
質素そのものである。
意外に思うかもしれないが、葉月の部屋の方がまだ多少物がある。
葉月のそれが、到底日常人々が目にしないだろう機器類ばかりであったとしても、決してあの部屋を生活感のない空間だとは誰も思うまい。
しかし弥星は違った。
弥星とて人並みに物の収集はする。
けれど物質がある程度部屋を浸食し始めると、
彼はまるでリセットするように、ある日突然全てのものを無くすのだ。
そしてそのお鉢の大方は、庚の部屋へ流れていく。
なかなかどうして弥星の選ぶものはセンスがよく、
オシャレなものが多いいのは事実だが、なにしろ蓄積した量が多いので、
庚の部屋はだんだん無秩序化する傾向にあった。



「ただのリサイクルですよ、リサイクル」

「どこが! 全然長く大切に使ってないでしょ!
・・・ほらぁ、これなんか、前に買ったばっかじゃん!」

「だって飽きちゃったんですもーん」



弥星がポィと手にしていた人形をダンボールの中へ放った。
ですもーんとか、弥星が言っても全く可愛くない。



「別段どこかに寄付してもいいんですよ?
ただ庚に合いそうだなと思ったから言ってるだけで。ねー、庚」



そうですね、と庚が受け合った。



「弥星からもらうものは、ほとんど気に入ってますよ」



へにゃりと笑う庚を見ると怒気が薄れるので、茄月は弥星に向き直った。



「もうっ、お金、もったいないでしょ」

「いいじゃないですか、僕のお金ですし。それに僕は社会の経済に貢献しているんですよ」



弥星の言葉に間違いなかった。
面白くないと思いながら、茄月は要らない物を詰め込んだ箱の中から、ひょいと取り上げる。
腕時計であった。細部まで緻密にデザインされている。
女モノでも普通にいけそうだ。・・・可愛い。

そんな茄月の心を見破ったのか、弥星はニヤリと笑った。



「なかなかお目が高いですね、茄月。
気に入ったものがあれば好きなだけ持って帰って下さい」

「誰がこんなもの・・・!」


振り上げて捨てようとした茄月の向こうで、抜けたような声を庚が上げた。



「あ、これなんか、茄月に似合いそうですよ」

「え? 嘘、どれ~?」



コロリと態度を変えた茄月に庚が差し出したものは置き型の時計だった。
白黒でシンプルだが、針と数字のデザインが洒落ている。
可愛い。
庚が選んだそれを手にしながら、茄月は困ったように顔をしかめる。



「・・・もう。せっかくこんなに集めたのに、どうして弥星はすぐ捨てるの?」



一時存分に愛でたなら、それ以上は一切執着しない。
まるでそれは弥星の冷たさを体言化しているようだ。
躊躇もなく切り離す。そんな態度が。
弥星はクルクルとしましま模様のボールを手の内で回しながら答えた。



「・・なーんか、すぐに片付けられるようにしておきたいんですよねえ。
所有のものを、なるべく残したくないというか」



そんな弥星の部屋は、片づいている分だけ生活感がない。
こんなところに住めばきっと悲しい気分になるだろうと茄月は部屋を見渡しながら思った。
離れた所で箱を仕分けしていた庚が身を起こすと、穏やかな表情で弥星に近づき、何かを手渡した。
つつと近寄った茄月も、興味本意で覗いてみる。
弥星の手にあったものは、金色の石のような、何かよく分からないものだった。
頭にクエッションマークを乗せたまま首をひねる茄月の横で、弥星はほうと息をつくと、それをかざした。



「気に入りませんでしたか、庚? ほら、これはあの掛け軸の周りにある棚に・・・」

「僕もそれのことは気に入ったよ。・・・でもね、それは弥星がもっていたほうがいいと思うんだ」



庚が緩やかに微笑んだ。
金色に輝く、美しいもの。
それは何故か、姫の瞳を彷彿とさせる。
弥星は釈然としないままそれを持っていたが、庚に突き返しはしなかった。
いいでしょう、と頷く。



「庚がそう言った物は、稀に後になって、もう一度手にしたいと思うことがありますから」



首を傾げた茄月は気になって、もう一度部屋を見渡した。
すると、やはり。
茄月が一番最初にここへ足を踏み入れたときに感じた違和感が、ちゃんとした形になってストンと落ちてくる。
ずっと昔に弥星がリセットしたときより、この空間には物があった。




今はまだとてもではないが潤いのないこの部屋に、何度リセットしても消えないものが増えればいい。




穏やかな笑みを広げて何も言わない庚も、きっとそれを願っているのだろう。












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