「京子さんも貫徹?」
そう声がかかったので顔を上げると、目の前に缶コーヒーが置かれた。
ブラック無糖。
甘さを嫌う、京子が好む銘柄のコーヒーだ。
そのくせ自分はカフェオレとかいった、
学生が飲むようなものを手に持って哲也は向かいの席に座った。
「まぁね。・・・これ、奢ってもらっていいの?」
「どうぞどうぞ。」
なるほど。
哲也の方もうっすら目の下にクマをつくった顔で笑った。
丁度良かった。
京子も休もうと思ったところだった。
「あれ、京子さん、まだ行方不明の女子高生のやつやってるの?
また親御さん、何か言ってきたんだ?」
哲也が京子の書類を覗きこんで言った。
「そうなの。だから捜索範囲広げてね。」
「ふ~ん。・・・でもどうかなぁ。
俺はそこらへんで男つくってどっか行ったんだと思うけどな。」
「こ~ら。そんな不謹慎なことを言わないの。」
京子は軽くグーを作ってコツンと哲也の額に当てた。
イテッと哲也はわざとらしく目をつむる。
金髪でペカペカに化粧をした少女の写真を伏せて、
京子は哲也が買ってきてくれたコーヒーを持った。
「そう言う哲ちゃんは、どうして徹夜してるの?」
「アレ。一軒家の殺害事件。」
「あぁ。あれ、哲ちゃんの担当なんだ。」
「そ。でも俺は奥さんが犯人だと思うんだけどね。証拠は何もないけど。」
「またぁ。勝手に決めつけたら、藤木さんに怒られるよ。」
「あ、藤木さんにはこれは内緒な。」
少し慌てながら、おどけた様子で哲也はしィ、と口元に人差し指をたてた。
今回も例のように軽々しく自分の見解を口にして、藤木に怒られたのだなと京子は思った。
「ねね、京子さん。」
その時哲也がすり寄ってきた。
「この塔、今、俺たち以外には誰もいないのかな。すっげ静かじゃない?」
「えぇ、どうかなぁ。」
京子は首を傾げた。
「誰かはいると思うけど。」
隣の塔を見てみる限りでも、電気がついている部屋がいくつかある。
「でもさ~、いつもより廊下とか、静かじゃね?」
「う~ん。・・・でも、もしそうだったらなんか・・・ワクワクするね。」
「わくわく?」
「え?お化け屋敷みたいとか、そういうことじゃないの?」
「・・・。そういう時、普通は気味が悪いっていうんじゃないの?」
「え、でも私、ホラー映画好きだし。」
哲也が微妙そうな顔をした。
京子がにやりと笑う。
「もしかして哲ちゃん、ホラー苦手?」
「好きではないかな。」
「暗所恐怖症?」
「警察官が暗所恐怖症だったら嫌だろぉ。」
それもそうだ、と京子は笑った。
「それなら哲ちゃんは映画、何が好きなの?」
「俺? 俺はラブストーリーとか、ラブロマンスかな。」
「うわ。ベッタベタだね。」
「そういう京子さんは何に対してもサッラサラだよね。」
「それ、言ってる意味が分からないよ。」
「やっぱり?俺も分からない。」
あはは、と二人は顔を合わせて笑った。
カフェオレを飲んだ哲也が、ふと優しい目をした。
「それなら京子さんのホラー好きも考慮したら、ここでのデートもいけてるよね。」
「はぁ?デートぉ?」
京子はコーヒーを吹き出しかけた。
相変わらず訳の分からないことを突拍子もなく言う男である。
「だって京子さん、ラブロマンス的なベタベタさは嫌いなんだろ。」
「まぁそうだけど、警察署でデートも嫌だよ。シュールすぎる。」
っていうか、そもそも京子と哲也はそんな関係でもないのだ。
「・・・ねぇ、哲ちゃん。藤木さんとか、哲ちゃんが担当してる事件を一緒に受け持ってる皆は、
今、どうしてるの?」
「あぁ~、それが、用事があるとか何とかで、全員帰っちゃったんだよねぇ。」
「やっぱり。だから寂しくなってここに来たんでしょ。」
あ、バレた?
哲也は屈託なく笑った。
一人で仕事に励むことに突然寂しさを感じた哲也は、フラフラと人を求めて共通室に立ち寄ったのだろう。
哲也にはそんな、人の暖かさを欲しがる子供のような側面がある。
そこで仕事をしている京子を見つけ、軽口を叩きにきたというわけだ。
「京子さん、また一緒にデートに付き合ってくれる?」
デートとは、言わずもがな徹夜の仕事のことである。
京子はぞんざいに頷いた。
「はいはい。いいわよ。付き合ってやろうじゃない。」
「明日は?」
「あぁ、それは残念。明日の勤務は一応昼までだから、さすがに仕事ない日に徹夜はね・・・。」
哲也はニカッと笑った。
「ラッキー。実は俺さ、今のこの件外れて、別件を担当することになったんだ。
だから今までの分、整理するためにこんなに遅くまで残ってたわけだけど。
・・・でも別件の方の準備が、追いついてないらしくてさ。
だから何もできないし、一軒家の事件の方を手伝うにも進展がないしで、
俺、今のところ何も仕事持ってなくてさぁ。
ほんの一瞬の休みだなって、藤木さんが。」
「・・・え? ちょ、待って。いきなり言われても・・・」
怒涛のごとく突然哲也が話し出したものだから、
仕事で疲れた京子の頭は上手く回れず、うまく理解できなかった。
ま、そういうことで。
確信犯の哲也が笑う。
「昼にご飯食べに行こうよ。奢るし。デートだよ。付き合ってくれるって、京子さん、言ったよね?」
「は? え、あ・・・?」
哲也の笑い声が、つかの間静かな部屋の中に響いていた。
END