小さな子供が泣いている。
独りぼっちの声だ。
居場所がないと、ただただ悲しいと、泣いている。



閑は声の主を探してさ迷っていた。
暗闇の中で空から舞うものは、雪と見紛う桜の花びら。
不思議とそのひとひらひとひらが自ら光を放って、天から降り注いでいる。



泣き声がする。



どこ?
どこにいる?
お前はたった一人で、どこで泣いているのだ?



桜が涙のように舞っている。
月もない深い闇。
閑を呼ぶように零れる声音は、いよいよ悲しげに、いよいよ深く、閑のことを呼んでいる。



ふと、目の前で、火をつけたように大きな桜の木が浮かび上がった。
どうやらこの幾千もの花びらは、あれが散らしているらしい。



あぁ、と、閑は思った。
その桜の木の下で、独りの少年が泣いている。
閑は手を伸ばした。



「・・・壱縷・・・」





誰かがその、伸ばされた閉のか細い手を取った。




















「・・・・・・閑様?」



目覚めた閑の耳に届いたものは、心地よく響く、低い声だった。
まるで閑の手を壊れもののように優しく握り返す一人の男が、心配そうにこちらを覗きこんでいる。



「どうされました?」



男の顔をとっくりと見つめ、閑はふいに笑った。



「・・・そうか。もう、子供ではなかったな・・・」

「? それは、どういう意味です?」



閑はそれに応えず、手を伸ばすと、壱縷の頬を撫でた。
乾いてはいなかったが、涙の跡もない、心地よい手触り。



「・・・壱縷、お前はもう、独りで夜、泣いていないか?」



壱縷が不審そうに顔をしかめた。



「泣いていません」



憮然としたその応えに、閑は喉の奥でくっくと笑った。
ではあの夢の中で聞いた声とは、誰のものだったのだろう。
壱縷は、ひたと閑を見つめた。
そうして壱縷の瞳と出会うことで、閉は理解した。

いつから変わっていったのだろう。
いつから少年の泣き声は、しんと見つめる男の眼差しに変わるようになったのだろう。



愛しています
愛していますと、
壱縷が閉に向ける眼差しが、言っている。



それが分かりながら閑は、まるで見えない振りをするのだ。
お前の想いに興味もない。
お前の気持ちに応えるつもりなどないのだと、ただ冷たく突き放す。



純系のヴァンパイアである閑が、人間の男を愛した末にその男がどうなるのか。
閉はもう嫌になるぐらいに知っている。
だから閉は壱縷の想いを拒み続けよう。
愛してもやらない。
桜の花びらのように閑に降り注ぐ壱縷の愛しげな眼差しを受けながら、閑は緩やかに、目を閉じるのだった。












end.