お雛さま騒動!! 03









ノックをしても返事がないことを承知していたので、葉月はそのまま茄月の部屋に入った。
見ればやはり。
茄月がベッドに顔をひっつけている。


「・・・・・・茄月。」


傍に寄って、その痛々しい包帯の上から頭を撫でた。


「大丈夫か。」
「・・・・・・。」


返事なし。

葉月は深く息をつくと、立ち上がり、窓の近くまで歩いた。


「空気が篭っているな。良くないぞ。」
「・・・・・・。」
「開けるぞ、いいな。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・・どうぞ。」
「どうも。」


了解を得て、窓を開ける。
ブワッと、風が一瞬に部屋の中へ入ってくる。カーテンがふくらんで、大きくはためいた。
雪に太陽の光が反射して、外はとても、眩しい。
振り返って見ても、茄月は相変わらずベッドの中に突っ伏している。
さて、どうしたものやら。
ピーン、と、その時窓の外から何かが投げてよこされた。
見れば折りたたまれた手紙らしい。
「手紙だぞ。」と声をかけたら、赤く腫れた目をして茄月がこちらを向いた。
床から拾い上げて差し出すと、ひどく億劫そうだが茄月は受け取った。
その怠慢な動作は酷く形式的だった。
無言でその紙を開く。
葉月もその横に座り、茄月の手元を覗き込み


「・・・・・・ぐっ。」


少し、噴いた。













そのわずか1分前に遡ろう。

すると、冒頭で示された場面になる。



「しっかし、すごい絵ですねー。なんですかこれ。尊敬します。
まさか玖音が絵をたしなんでいたとは。お雛様に扮した茄月、って何ですか。
どうやって思いつくんでしょうかねー本当に。」
「だろ。もう似すぎて似すぎて。
本物もこれぐらい、おしとやかだったらいいんだが・・・・・ぶふっ。」
「だから、本人が笑っちゃダメでしょう。
似すぎってこれは・・・・・ぐふっ。まぁ、確かに似てないこともないですが。
こん棒を手にしちゃってるところが、より表現されてます。」



それは。
その手紙は、謝罪の意を示すものだったんじゃなかったのか。
泣いて怒って、いつものように怒鳴り散らすことなく部屋に篭ってしまった茄月に対して、
本当に面目ないと思った表れではなかったのか。
それとも、あの時ほんの少し垣間見えたものは、
今は跡形もなく消え去ってしまったというのであろうか。


「見てくださいよー、庚。これなんかもう、笑えて笑えて。」


すばらしくにこやかな顔をして弥星が駆けてきた。
目の前でチラつかされた絵は、確かに笑えた。
一瞬本気で噴出しそうになったが、そこは腹に力をこめてなんとか耐える。


玖音、絵、下手だよね。


「・・・・・玖音、弥星。茄月に、謝罪の手紙を書くんじゃなかったんですか。」


庚は微妙に、けれど確かに、本筋を正してやることにした。
二人の良心があるならば、どうか今こそ目を覚ましてくれることを祈る。


「えぇ~、だってですよねぇ、玖音。
確かに羽を頭にぶつけたことは悪いと思いましたよ。だけど謝ったじゃないですか。」
「謝れてません、全然。」
「人形のことで腹をたてる、っていう意味がわからねぇしな。どうでもいいじゃねぇか、あんなもん。
それに茄月も、人形大好き、っていうタマじゃあねぇだろ。なんつーか、似合わねぇ。」


だってあの茄月が、
ほしいものは姫の手料理だけである茄月が、と二人してゲラゲラ笑い合う。
玖音が庚から、手紙(と見せかけた嫌がらせ)を奪い取った。


「それとも何かこれに問題あるか、庚。」
「それを聞いていること自体に問題があると思います。」
「あ、二人とも、茄月の部屋の窓が開きましたよ。」


玖音と庚は弥星の声につられて、顔を上げた。





先ほど。
頼みに頼み込んで茄月の兄である葉月に協力してもらい、窓を開けてもらうことにした。
そこに謝る気いっぱいの手紙を送り込み、読んでもらい、許してもらおうとの魂胆だった。
それが、これだ。
最初から茄月の怒りを解こうなんて思っていないに違いない。
いや、さらに怒りを買うつもりなのか?
最悪。


「とりあえず、これでいいだろう、庚。」
「・・・・具体的に、どこがですか?」
「間違いなく笑いが取れるところ。」
「・・・・・。」
「庚、いいんですよ、なんでも言って下さい。何かもっと笑いのネタでもつめてみますか?」
「・・・・いえ。特には(根本的に間違っているので)、ありません。」
「よっしゃ。三人一致しましたね。」
「OKOK。ほら、よっと。」
「・・・って、ええぇ、あぁあっ?! 本当に投げた本当に投げた。信じられないこの人っ!」


紙はピューと綺麗な弧を描いて、部屋の中に吸い込まれていった。












茄月の部屋。
葉月の予想では、
茄月はその絵を見た瞬間、ビリビリに破いて投げ捨てるものと考えていたのだが、
予想に反して彼女は静かにたたみだした。
その妹の奇怪な現象に、葉月は眼鏡の奥で目をみはった。
綺麗にぴっちりとたたみ、茄月は兄に手紙を返した。


「・・・・・茄月。」
「いらない。」
「・・・・・・。」


そうして、茄月は再びベッドに戻るのだった。
そうしてごそごそと、なにやら手帳を取り出した。


「・・・・・そんなの、いらない。」


ボソボソと茄月は呟いて、パラパラとページをめくりだすのだ。











「・・・・・と、言うわけだ。」


ポンッと、葉月は玖音にその手紙と旨を伝えた。


「はっきり言うと、茄月がお前らを許すつもりは、全くない。」


押し返されてしまった手紙を、三人は頭を垂れて見つめた。
綺麗にたたまれている。本当に綺麗に。憎らしいほど、四つ角もそろえられている。


「しかし俺の絵、笑えただろうが。」


庚はガクッとなった。
どう考えてもそのセリフはおかしい。


「絵? 絵って、なんのこ・・・・ぶっ。」


葉月が噴いた。
葉月が噴いた。
絵というのが何のことか思い当たった瞬間のことだ。よほど面白かったのだろう。
何を隠そう庚も吹きかけたのだ。
けれど咄嗟に口元に手をやった葉月は、いつもの無表情に戻っていた。


「あのふざけた絵はお前が書いたのか・・・・・・茄月は全然笑わなかったぞ。」
「えぇ・・・・マジで? 自信作だったのに・・・・・・。」


落胆したように両肩を下げる玖音。
庚は神に願った。
この男を悪魔の元へ連れて行ってほしい。


「・・・・・それじゃあ葉月、茄月は本当に、怒ってるんですね。」
「怒ってるっていうか・・・・・・・。」


弥星が聞くと、言葉を濁しながら葉月は視線を下に逃がした。


「よほど雛祭りを楽しみにしていたのだろうな・・・・・・お楽しみノートを取り出してまで、ベッドにいたから。」
「お楽しみノート?」
「そうだ。」


葉月が頷く。


「茄月の大好物が上から順に書かれたノートだ。
ちなみに数十ページまでわたっている。そこに書かれてる料理名を片っ端から読み上げてるんだ。
ブツブツと。お経でも読むように。オムライスとか、ハンバーグとかな。」
「? それって、どういったものです? 絵とか何かあるんですか?」
「いや。字だけ。」
「字だけ?」
「字だけだ。」
「「「・・・・・・。」」」


なんて理解の範疇を超えたノート。
あぁ、いやでも、茄月にとってはそれはお楽しみなのだろうし、
それを引っ張り出してくるほど、今回のことがよほどショックだったのだろう。
しかもそれを重々に理解してない男達が、またふざけた手紙なんかを送りつけて。



はぁぁー、と、誰かが大きく息を吐いた。
見れば弥星だ。腰に手を当てて、頭を左右に振っている。


「やれやれ。困りましたね。」


その横で、玖音も前髪を掻きあげた。


「全くだぜ。・・・・・ったく。そんなに、ショックだったのかよ・・・・・。」


玖音が眉を寄せた。


「そんなに・・・・・・悲しかったのかよ・・・・・・。」