お雛さま騒動!! 02










茄月は泣いていた。
ぐしっぐしっ、と、目と鼻の頭を赤くして涙を零している。
そんな茄月の頭に、姫は包帯をぐるぐると巻いていた。
聞けば羽が茄月の頭に直撃したらしい。
痛そうだ。痛々しい。可哀相だ。哀れで何も言えない。


「突然驚きましたよ。」


姫は怒ったような、少し困ったような表情を見せた。


「どうして窓の近くでしていたんです?危ないと、思わなかったのですか?」
「いやぁ・・・・・十分と、離れてたと思ってたんですが。考えが甘かったようで。」


弥星の言葉は本当だ。
館との距離は十分・・・・・十分すぎるぐらい、距離をとっていた。
それなのに勢いも殺さず駆け抜けた羽がどうかとも思う。


「すみませんねぇ、茄月。」


とは言っても、ガラスと衝突したことで、羽の威力は幾分か失われていたらしい。
少しコブができた程度だという(それでも痛そう)。
弥星がよっこらせ、と茄月の前にいった。


「腹の虫が収まらないんだったら、どうぞ、好きなだけ庚を八つ裂きに・・・・・。」
「僕ですかっ?!」


なんで僕。


「いやぁ、庚があんなところで、ロブをするからだなぁ。」


いつの間にか、玖音も弥星の隣に陣取っていた。


「打て、というようなロブだったからな。庚がぜーんぶ、悪いんだ。ホントごめん。」
「だから、どうして僕・・・・・」
「そうなんですよー。全く庚も、困った人ですよねぇ。」
「・・・・・。」


これは。
弥星と玖音が合いの手この手をやりあって、僕を犯人に仕立て上げようとしていた。
うぅ、なんて人たち。涙が出そうだ。
・・・・まぁ、だけどあそこで僕がロブを上げたのも悪かったのかもしれないとそう思わないでもない。
・・・・・それでいいのか自分。


「すみませんでした、茄月。」


それでもここは、何がなんでも謝っておくしかないだろう。実際悪いのは僕達なのだ。
包帯で巻かれた頭は、本当に、本当にとても痛そうだった。


「僕があそこでロブを上げなければ・・・・・」


・・・・アレ。やっぱりここで僕がこう謝るの、なんかおかしくない?おかしいよね。絶対おかしいよ。


「ほら、庚もこう言ってることですし、どうぞ許してやってくださいよ。
何も庚も悪気があってしたわけじゃないんですから。」
「そうだぞ。庚も庚なりに、下手っぴでも一生懸命だったんだぜ。
そんなにコイツを責めるなよ。コイツも仕方がなかったんだって。」


もう最悪だ。
僕はそう思った。
彼らに良心はないのだろうか。
ないんだろうなぁ。


「だぁからぁ、茄月。そんな怒るなよ、みみっちぃなぁ・・・・・」


そう言って玖音が茄月に手を伸ばした。
一介の子供と接するように、頭を撫でようとしたのか。
はたまた嫌がらせか。
しかしその玖音の手を、触れられる前に、茄月が払った。
パシィッ



「「「ッ!」」」



三人が三人とも、息を呑んだ。
玖音は払われた手を、行き場なく宙に浮かせている。
仰天して茄月を見ていた。
茄月が、こちらを睨んでいる。


「いいよ、もう。別に・・・・・っ!」


そう叫んだ茄月の目から、ポロポロと疑う余地なく涙が零れた。
え、どうして泣いてるの。
そんなに痛かった?
まぁ、そりゃあ痛かっただろう。
鉛でできてるもんね、あれ。
心の内では何とでも言えるが、三人とも開いた口から言葉は出てこなかった。
動きを停止してしまった三人の男を前に、茄月が背中を向ける。
そのまま無言で走り去ってしまった。
透明な涙が、その後を引いてゆっくりと流れてゆく。


「「「・・・・・・・。」」」
「・・・・・あら? 茄月がいません・・・・・。」


茄月の頭に包帯を巻いたあと、それを元に戻しに行っていた姫が戻ってきた。
忽然と姿を消した茄月に、呆然と凝り固まる庚たちを見て、姫は全てを理解したのだろう。
小さく息を吐いた。


「実はですね・・・・・コレなんです。」

そう言って、彼女は持っていた物を見せてくれた。

「うげっ。」
「何ですかこれ。」


玖音と弥星の二人は本気で引いていた。
それはバラバラに砕かれた、人形、のようなものだった。


「えげつなっ・・・・・。」


顔が真っ二つに割れて、手や足も折れている。
怖い。文句なしに怖い。


「これね、雛人形なんですよ。」
「ひなにんぎょう?」
「そうです。納屋から出してきて・・・・・・。」


そこまで言って、姫は本日二度目のため息をついた。


「茄月と二人で納屋を整理してきたときに、見つけたのですよ。
それを見た茄月が、本当に喜んでおられて。
絶対に飾ろう、飾ろうって、雛人形を出すの、ずぅっと楽しみにしてきたんです。
それで先日納屋から出してきて、今さっき飾っていたんですよ。
それで最後、このお人形を段に乗せようとしたときに、ちょうどガラスが割れて羽が茄月の後頭部に当たって・・・・・」


姫が目を伏せた。


「一瞬茄月、意識が飛んでしまわれたのです。ほんの、一瞬だけですけどね。
だけどそのとき片手にこのお人形を持っていて・・・・・押しつぶしてしまったんです。体重を支えるために。
そして気づいたときにはこんな風になってて・・・・・それで茄月は悲鳴を上げられたんですが。」
「・・・・・・・。」


姫は困ったように、その修復不可能なまでに悲惨な姿になった人形を見つめた。


「可哀相な茄月。とても楽しみにしていらしたのに・・・・・・・。」

















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