お雛さま騒動!! 06
「あ・・・・・姫、ちょっと、いい?」
館のロビーに入り、茄月は傍にいた姫に声をかけた。
「え、あ、はい? どこに行くのですか、茄月?」
「ちょっと。」
茄月は小さく笑った。
・・・ ・・・ ・・・
外の雛人形が、本当にどんなに、美しくてすごくても。
どんなに、人の心を魅了して、ずっと見ていたくなっても。
茄月はそこへ向かった。
ドアを開けて中に入ると、丁寧にぴったりと閉めなおす。
目の前に広がるそれに、茄月は笑顔を見せた。
「・・・・やっぱり、ちゃんとお前も見てあげないと、可哀相だもんね。」
皆には本当に感謝してる。
怒りも恨みも吹っ飛んで、余りあるほど心を満たしてもらった。
満足。
そこに嘘偽りはない。
だけど、ごめんね。
茄月はその雛壇の前で、座った。
やっぱりこの雛壇を忘れることはできない。
だけどもう、本当にいいから。気にしてなくていい。
「・・・・・・あれ?」
あの人形は、ボロボロに壊してしまった。
えげつないほどに壊れた。
だからこの雛壇は一つ人形が欠けてるはずだ。
よく見る。
「・・・・・・あっ。」
その人形は、ちょこんと何事もなかったように座っていた。
顔にはヒビが入っているし、座り方も微妙にこっけいだ。あの人形に、間違いない。
「・・・・・できる限り、直してくれたんだ・・・・・・・。」
一度見つければ、やはりこの人形だけ可笑しい。変な具合に体が崩れている。
その不細工な形に、茄月は声なく笑った。
「・・・・・ありがとう。」
もう、十分だよ。
「おっまたせしましたーっ!!」
零れかけた涙を、拭おうとしたとき。
威勢の良い掛け声一つに、それらがなだれ込んできた。
「どうだぁ、結構マシになってるだろ、それ。」
「パーツから考え直したんだよ、葉月がね。」
「なかなか難しかった。」
「素晴らしいですよね。良かったですね、茄月。」
「あぁ、やっぱりこっちも、立派ですよね。」
唖然として。というか、この今日の展開に上手く付いていけなくて。
茄月は恐る恐る振り返る。
「・・・・・・っ!」
本当に今日は、どうしたっていうのだ。
「な、なな、な、なんで、どうしたの、どうしたのその格好っ!!」
「お雛様気分。」
眼前にある、雛人形が来ているような着物に身を包ませて、無表情で答えた兄の葉月。
鉄火面で吐くセリフではない。
「茄月はもちろん、お雛様ですよ。今日の主役ですから。」
小粋に緑の帯を締めた、弥星が意気揚々と茄月に言った。
「は、わ、私っ?!」
「ほら、茄月はお姫様の上掛け、着てるでしょ。」
見下ろしてみれば、なるほど。
たくさんの刺繍が目映いばかりに編み込まれた上掛けだ。
何か派手だと思ってはいたが、姫か神無のものだろうと思って何も考えていなかった。
「ほら、ティアラもあるぜ。」
一体これらは何の嫌がらせだ。
どこからどうやって入手したのか。この短時間に。一式欠かすことなく。
しかしティアラって!!
絶対何か違う!
玖音がニヤリと笑った顔の横に、言葉通り、七色に光り輝くティアラがあった。
華奢な造りだが、それでもとても豪華で、キラキラと惜しげなく光を散りばめている。
「いや、いや、いやっ? 待って。わ、私は付けないよ。」
「てめぇが付けるんだよ。」
「やーだーっ!絶対似合わないっ!」
急いで逃げよう。脱出劇だ。
もう十分に感動したよ。感動したから。何も望まないからお願いもういらない。
「姫が付けるといいんだよ、そういうのっ!」
「茄月ったら。私が付けてどうするんですか。」
姫が呆れている。呆れたいのは、こっちなのに!
「それに私の今日の服装っ! 絶対合わないって・・・・・うわっ、玖音っ!」
「大人しく付けろっつの。」
大きな手に腕をがしりと掴まれて。
抗う余地もなくティアラを付けさせられた。
玖音はご丁寧にも私の目の高さまでしゃがむと、調節してくれる。
これ以上抵抗はできない。腹をどんと据えてぶっちょう顔でいる茄月を、玖音が声をたてて笑った。
「そんなに顔をしかめるなよ。可愛い顔が台無しだ。」
「可愛いなんて、思ってないくせに。」
「思ってるって。」
「嘘つき。」
「思ってるよ。」
茄月がどんなに睨もうと、玖音の余裕のある笑顔は変わらなくて。
玖音は茄月の両頬に手を当てると、彼女の目頭をぐいぐいと拭いた。
「俺が嘘ついたこと、あるか?」
「嘘ばっかりだよ。嘘の塊みたい。こんな嘘つき、初めて。」
そうだ、思い出した。と言わんばかりに、茄月が口を突き出す。
「手紙にも、私のお雛様姿、ブサイクに描いてたくせにっ!
こん棒なんかも持たせてさっ!!」
「・・・・・あぁ、アレか。」
玖音も頷く。
自分でばらまいた種が、こんなところで出てくるとは。
「あんなのは、照れ隠しだ。」
「何の照れ隠しよっ!」
「とにかく。」
ぐいっ、と茄月の顔を引き寄せて、ティアラの乗る頭を玖音は撫でた。
「もう泣くなよ、茄月。」
玖音の瞳は、深い。吸い込まれそうなほど美しい色を放つ、玖音の眼差し。
「もう泣くな。茄月。」
「・・・・・・。な、泣いてないっ! 泣いてなんかない。」
フッと、玖音が目の前で笑う。
「よし。いい答えだ。」
「茄月、お内裏様、誰にしますか?」
「・・・・・・・・・は? ・・・お内裏様?」
一体彼らの暴走はどこまで続くのだろう。
唖然とした茄月に、弥星が笑った。
「そうですよー、茄月。せっかく皆、コスプレしてるんですよ。
も、いいじゃないですか。今日はそういう日ということで。
で? どうします? 候補はより取り見取りですよ。」
そういう日って、なんだ!!
けれど何か、茄月が反論できる空気じゃなかった。
誰もが茄月の答えを待っている。
・・・茄月が助けを求めて腕に手を絡ませたのは、庚だった。
「・・・じゃ、じゃあ・・・庚でっ!!」
腕にしがみつく茄月を見つめ、庚は優しく、微笑んだ。
「・・・・・・光栄の至り。」
何そのセリフ!
玖音と兄さん、それから姫は早々とカメラの設置の用意をしている。
どうやら記念撮影でもするらしい。
まぁ、確かにこんな着物を正装することなんて、他にないだろう。
「・・・・・あ、そうだ庚。」
庚の着物の袖をぐいぐいと引っ張ると、庚は腰を折った。
「? どうしたんですか、茄月。」
「あのえっと・・・・・ごめんね?」
「え? 何がですか?」
さっき外で、庚が手を振ったのに無視しちゃったこと。
茄月がそう言うと、なんだ、と庚が笑った。
「そんなこと、別に謝らなくていいのに。」
「・・・・だって、気になってたの。悪いことしたなって・・・・・・。」
庚は優しく目を細めると、ティアラの乗る頭を撫でた。
「・・・・・羽がぶつかったところ、大丈夫?」
「あ、うん。今は全然。大丈夫だよ。」
「よかった。・・・・茄月。」
「何?」
「楽しんでるかな・・・・・? ひな祭り。」
庚が少し心配そうに首を傾げている。
そういえば今日はずっと、腹を曲げっぱなしだったもんね。
茄月は笑った。心から。
「うん・・・・っ! 本当に、今、すっごく幸せっ!!」
「茄月ー、庚ー、何やってるんですか~。早く来てくださいよー。カメラ撮りますよー。」
「・・・行こうか、茄月。」
「・・・うんっ!」
今、すっごく幸せ。
みんなみんな、大好きだよ。
だからこれからもずっとずっと、こんな日が続いてくれますようにっ。
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