それでもいつも、現実は残酷だ。
あんなに語らい華やかだったお前のお伽話は、
次に帰っていたとき、
無残にも踏み潰されていた。
ドント・ヒア・イット
「立ち入り禁止・・・・・?」
弥星は、顔をしかめてその機密員を見上げた。
まだ年若い男だ。
男は「そうだ。」と言って、頑と入り口の前から動こうとしなかった。
何故だ。
弥星は小さく舌打ちした。
任務から帰って、ゆっくり眠ろうと思っていたのに・・・・・・あ。
そういえば、何かの書物を読まなければならないんだった。
近々アイツがまた、勝負をしたがっていたのだ。
肩を鳴らしてみて、弥星は決めた。
今日は疲れたから、何を言われても無視しよう。
ものの数十分して部屋に通されたとき、
これがただ事ではないということは、すぐに分かった。
(血の匂い・・・・・・)
しかも、それは半端なものではない。
いくら弥星でも吐き気を覚えるほどの酷い匂いが、そこに溜まっていた。
自分の留守中に何があったというのか。
子供が収容される、この施設で。
何が。
見ればまだ処理されていない血しぶきがコンクリートの壁にへばりつき、変色していた。
部屋に通された弥星は、その隅に転がるものを見て、はっとした。
丸め込まれた白い紙くず。
見慣れているはずなのに、何故だろう。
弥星はそこに、不吉なものを覚えたのだ。
弥星はゆっくり近づき、その紙をほどいた。
――弥星へ
お前がこれを読むとき、どんな事になってるんだろうな
それは分からないけど、弥星
俺は後悔してないよ
ピタリと、外の惨劇とこの手紙の内容とが合わさった。
・・・もう読みたくなかった。
分かってしまったから。
――お前は知ってると思うけど、俺はずっと前から
たくさんの子供と連絡をとっていたんだ
・・・それで今日、行動を起こすことに決めた
弥星にそれを伝えなかったのは、もちろん、
お前はこんなことに興味をしめさないだろうと思ったからだ
今これを読んでいても、お前はチラリとも興味を惹かれていない
そうだろう?
弥星は目を伏せた。
――・・・なんてね。嘘だよ。俺は分かるよ。
今、お前は俺のこと、馬鹿だって思ってるんだろ
分かってる。でもいいもんね、俺は馬鹿なんだよ
おまけに救えないことに、メルヘンチックでもあるんだよ
だからいつでも夢を追いかけるんだ。自由になろうと、もがくんだよ
だってこの命は、俺のものだもん
俺の命なんだから、俺が好きに生きてもいいよね
だから正直に行動するよ
きっと奇跡は起きるから
お前が俺に心を開いてくれたみたいに
俺とお前の無線が繋がってたみたいに
奇跡はその辺にだって、転がってるんだから
目から何かが零れ落ちた。
透明であったはずなのに、それは文面に落ちると、
黒いシミを広げていった。
――奇跡なんて言葉さえ馬鹿にして足蹴にするであろう弥星くん
俺の願いを聞いておくれよ
ちなみにお前の願いは却下だよ
今、俺にそれを叶えてあげる時間はないからね
だからな、弥星
俺が無事ここを出られたら、一番最初に、お前を助けに帰ってくるよ
お前を一番に迎えにいくから
その時は俺と一緒に、桜を見に行こう
弥星は声をしぼりだした。
「・・・・・馬鹿野郎・・・・・・・!!!」
『一緒に行こう、弥星』
「この、馬鹿野郎が・・・・・・!!」
涙で溢れる瞳を堅く閉じた。
そんな涙を、弥星は一度として望んでなどいなかった。
どうして、と呟く。
どうしてお前は、その道を選んだんだ。
どうしてお前は、命を棄てるほうに走った。
そんなに自由がほしかったか。そんなに自由に焦がれていたか。
それは分かる。俺も同じだ。俺も同じだが、
どうして生きてくれなかった。
どうして生き続けることを、望んでくれなかった。
どんな状況でも自由を夢見る勇気があるならば
どうして生き続ける勇気を持ち合わせてくれなかったのか。
答えがないことは元より知っていた。
それでも弥星は、問い続けるしかなかった。
誰よりも生きたいと願ったはずのお前が、
誰よりも死ぬ道を選ぶなんて。
「俺は任務でいなかったんだよ・・・・・・馬鹿・・・・・・」
もしもコイツの側にいれば、今度こそ弥星は止められたのだろうか。
あの少女にはできなかったけれど
今度こそ、止めることができた?
『一緒に行こう、弥星』
・・・馬鹿野郎。
「・・・お前が最初に言ったくせに、勝手に一人、置いていくな」
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