ドント・ヒア・イット
――今日の任務でさぁ、リィって子が、殉死したんだよ。
――・・・・・は? りぃ?
突然の話に、弥星は顔をしかめた。
――そう。女の子。リィだけじゃないよ。タクトも、コウヤも。
他にもいっぱい、殉職したって。
毎度毎度驚かされることだが、コイツはどれぐらいの子供達とコンタクトを取っているのか。
しかもこの、情報網。
俺達子供たちには、任務達成後、その情報を聞かされることはない。
全ては自己の任務達成、自己負担で、この任務は成り立っているのだ。
大切なことは、己がまだこの世に存在しているか否か、のみ。
たとえどれほどの犠牲が足元で散らばっていようと、知る由もない。
言ってみれば、関係ない。
――・・・・・へぇ。あっそ。
――今回のは、任務は成功させたけど、最悪の結果だってさ。
――ふーん・・・・・。
――・・・・・なんだよ、その生返事。
――別に?
――・・・・・俺には関係ないことだから、とか?
――うん。
別に悪いことだと思っちゃいない。
誰かが死んで、誰かが生きるんだ。
どちらか片一方が死ななければ、二人とも生きることはできない。
殺す相手は、自分の命を救うための踏み台。代わり身。残酷だが、仕方がない。
少なくとも俺は、そう自負している。
だから必要以上に命を狩りはしない。
全ては自分が生きるため。それだけのために、人を殺す。
それが俺の、人間として欠損している部分だというなら、俺は否定できはしない。
――・・・・・俺さ、前、弥星は随分と有名だって、言ったよな。
――・・・・・あぁ。確かそんなこと言ってたな。
――あれさ、本当のことなんだよな。
――ふーん。(別にどうでもいいけど。)
――弥星、すっげぇ、強いじゃん。任務とか、小さなミスも犯したことないんだろ。
――さぁ・・・・・どうだろうな。
――なんでそこで謙遜だよ、気味悪い・・・・・・。
んでさ、周りの皆が言ってる。
弥星はすっげぇ才能があるけど、その才能を受け入れる、でっかい器があるけど
“人を寄せ付けない”って。
声しか聞いたこともないヤツらに、そんな噂をされているとは、心外だな。
別段人が必要なわけじゃないだろうし。
これはいわば、単独行動だ。
だから必要ない。
自分以外の他人なんて。
――俺は・・・・・。
コツコツと、冷たいコンクリートの壁を叩く。
俺は独りだ。
――・・・・・そんなにとっつきにくい人間か?
――え? ううん。そんなこと、どこが? だーいじょうぶだって。
俺はお前が好きだからな。
アイはユーにラブしてるYO
――本気ウザい。黙れよ。
壁の向こうで、ヤツが忍び笑いした気がした。
気がした、だけだが。
――弥星さぁ。
――・・・・・何。
――もしかして、二人制のとき、相方死んだ?
――・・・・・・。
二人制。
久しく忘れていたのに。
いまさら。
鋭いな。
――あぁ、そうだよ。死んだ。
――ふーん。
――なんで。
――え?
――なんで分かる。
――えー? なんとなく、かなぁー・・・・・。
二人制。
それは六歳から十二歳まで編成される組織だ。
まだその頃は俊敏というだけで非力であり、
一人ずつというのは不安を伴うので、二人一組として、行動することになっていた。
そうだよ。
ご察しの通りだ。
最初の俺の相方が、俺の目の前で死んだ。
俺より一つ年下の、少女だった。
綺麗な、人形のような顔立ちをした子だった。名前はもう、覚えていない。
始終黙っていて、無愛想な子だったが、ソイツと任務を遂行するのはやりやすかった。
下手に馴れ合ってくるヤツよりも、ソイツと組むことを、俺も望んだ。
だがあの時。
あれは明らかに、アイツのミスだった。
トラップに誤って迷い込み、赤い閃光のようなものが彼女の体を貫いた。
炎の中で散る蝶のように、
その小さな体は勢いよく跳ね上がり・・・・・・・そのまま地面に叩きつけられた。
俺は何もできなかった。
ただ、見ていることしかできなかった。
ヤツが宙を舞っている間、俺とヤツは目があった。
口は開かれていたが、何も喋らない。
何が言いたかったんだ。
もし声が出たなら、あの子はなんと言ったのだろう。
大きなつぶらな瞳には、俺の姿が映っていた。
彼女の瞳が見せるモノ。
苦痛、悲哀、絶望・・・・・混沌として。
だけどそれらは全て、
俺の目を映したものにすぎなかったのかもしれない。
助けを求めるように伸ばされた細い腕は、虚しく空を切った。
目の当たりにした。
脳裏の奥へと、刻み付けられた。
人が死ぬということを。
色を失っていく肌。
どうすることもできない自分。
失敗すればどうなるか。
明日はないかもしれない、命という爆弾。
・・・・・・俺は。
その少女の遺体を、爆破した。
それが掟だった。
死体となって無残に放り出され、敵国に渡って辱められるより、
後も残らないほど消してやったほうが、いいのだ。
子供の大半はそう思っている。
任務に失敗したとき、速やかに消してほしいと。
そこには痛み苦しみもないのであろう。
自由への扉が開かれている。
すでに、そこには命という名の物はないが。
俺は教わったとおりに少女を爆発させて、一片も残さなかった。
濁った瞳が二度と開かれないように
伸ばされた手が、二度と宙を切らないように
・・・・・俺は・・・・・・
――皆やがて死ぬ。
壁の向こうの、アイツは言った。
――ただ俺達は、人より少しばかり死神よりだってだけだ。
アイツにはこの話をした。
今まで誰にもしなかったのに。
まぁ、話し相手がいなかっただけかもしれないが。
しかしまた過去の自分を掘り起こすなんて。
――どうして花が美しいか。
――・・・・・は?
――どうしてだと思う?
――美しいと、誰かが定義したから。
――・・・・弥星の野郎はロマンチストじゃねぇなぁ。
――ふん。ほめ言葉だな。
――散っちまうからだよ。花は。
いつかは絶対に、散るから。そして、絶対に、また芽吹くから。
――・・・・・・。
――そう、書物に書いていた。
――アホ。
――何?
――アホか。綺麗なものは一生咲いていようが何してようが、美しいんだよ。
――・・・・・・・。
――誰も、永遠に生きたことないじゃん。
それならどうして、一生咲く花より、散って芽吹く花が美しいと言える?
永遠に生きたこともないくせに、御託だけは立派だな。
その著者はな、ただ逃げてるだけだ。
自分の命が終わるのが怖いだけ。
――・・・・・・・。
――俺の言い分は間違ってるか?
――・・・・・いや。・・・・・・弥星の言葉は、合ってる。多分。
多分じゃない。
合っている。
絶対に、合っている。
“でも”、と、向こうが壁を叩く。
――俺はその、書物の著書の意見に賛成だよ。
――・・・・・・・。
――正解なんて、この世に存在しない。
――・・・・・・・。
――だって、皆いつかは死ぬもの。そうだろ?
俺も弥星も、いつか死ぬ。明日かもしれない、明後日かも。
もしかしたら、今この時かも。
――・・・・・・やめろよ。
――ははっ。ごめんごめん。
とにかく、俺はね、限りあるものは美しい、限りあるから大切なんだって、そう思うよ。
だから俺はこの命を呪ったりはしない。生きていく。俺の人生を。確かに。
結局、てめぇはそっちの方向に話を持っていきたかっただけか。
弥星はそう思い、目を閉じた。
――・・・・・弥星?
俺は知っている。
俺たちの命が、蝋燭の炎のように、やわいこと。
――弥星ー。
一生懸命生きたところで、何も変わりはしないんだよ。
――弥星、そこにいるかー? ちゃんと聞きやがれよー。
俺ね、いつかここを出たら。
目を見開いた。
そこに広がるのは、コンクリートの壁だった。
――いつかここを出たら、桜を見に行くよ。
こいつは馬鹿か。
あぁ、本っ当に馬鹿だ。
何言ってるんだろう、本当に、馬鹿。
ここから出られるなんてこと、あるわけないだろう。
俺達は一生何か分かるか?
国家の奴隷だ。命を張って、この国を護る、生きた生贄だ。
そこに未来はないんだよ。続くのは血塗られた道だけだ。
ヤツに諭してやりたかった。
すぐにでも隣に駆けつけて、頭でも殴って、
現実を見直させなければ腹の虫が収まらないほどだった。
馬鹿野郎。ちゃんと目を開いて前を見やがれ。
そんな夢なんて捨てろ。
生きることだけに、神経をすり減らせ。
妄想は止めろ。心を傾かせるな。
そんなことをしたら、
お前は、間違いなく死ぬぞ。
けれど、アイツもそれは痛いほど分かっているはずだった。
でなければ今、こうして生きてはいないだろう。
ちゃんと分かってるはずだ。なのに、何故。
――桜の木の下でなー、皆で集まるんだ。たくさんの子供たちと、花見をして。
後ろにはなんとな、なんと、俺の両親がいるんだぜ。
母親と父親、どちらも欠けることなくいるんだ。爺ちゃんや婆ちゃんもいたりしてな。
ワイワイやってるんだ、皆で。
――・・・・・・。
――楽しそうだろ?
――・・・・・・お前は・・・・・自分の親のこと、覚えているのか。
――いや、全く。
(ダメじゃん。)
当たり前だ。
多分ここにいる子供達みんな、自分の親を知らない。
乳飲み子のときからこの施設に入れられて、
外気に触れることなく自在に動けるようになるまで育てられる。
誰も知るはずがない。親の手の暖かさなど。
――弥星ー。
――・・・・・・。
――なぁ、弥星ー。
――・・・・・・。
――不可能なことだと・・・・・・思う?
「だいぶな。」
――あのなぁ、弥星。弥星もいるんだよ、そこに。
――・・・・・・。
――弥星もいるんだ、その桜の木の下に。
俺の横にいるんだ。俺の真横にいる。
笑ってるんだよ、俺のすぐ隣で。
一面はピンクの花びら。太い茶色の幹。
生きてきた幸福を告げる春。
隣に立つ人。
後ろには暖かな存在。
近くには大勢の仲間。
全てに包まれて、優しさで満たされる春。
隣にいるんだ、
お前が。
――桜、綺麗だなぁーなんつって。いやいや、俺は桜餅食いたい。
なんでだよ、花見しようぜ、弥星の野郎、冷てぇなぁ。
俺は花より団子だ、おしるこも頼もう。食い意地張ってんなぁー弥星。とか言って。
なんで俺が食いしん坊設定。
ふざけてるのか。
花より団子は、どちらかというと、俺よりお前の方がそれっぽくないか。
前言撤回しろ。
けれど俺は、黙っていた。お前の、馬鹿みたいな夢物語を。
そんな話を信じたいとは言わない。
どうせ、叶いはしないから。
・・・信じたいとは、言わないけれど。
――な? 考えてみるだけで楽しそうだろう?
本当は、そんな世界なんて、すぐ側にあるんだ。
だから、弥星、一緒に行こう。
もし、お前が信じれないって言うのなら、それでもいい。俺がお前を連れて行ってやる。
俺達二人なら、共に生きていける。
だから弥星、一緒に行こう。
“一緒に行こう”
“弥星”
俺達の、楽園へ・・・
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