ドント・ヒア・イット
気づいたときには、人の殺し方を教え込まれていた。
親のことは一切覚えていない。その腕に、抱いてもらった記憶もない。
その代わりに握らされたのは鉛の銃であり、冷たい牢獄だった。
俺が育ったのは、ある国家の裏機密の施設だった。
そこでは武術、体術、剣術、銃の種類、その扱い・・・
まぁとにかく、色々なことを、物心つかないうちから体に覚えさせられた。
運動だけではない。世界の地理や歴史、文化や言語。それに数学や理科なんかも一通りやった。
他にも音楽鑑賞や読書時間もあった。映画を観たりなんかもした。
意外に思うだろう。
これも全て、人格形成のためだ。
三食の食事、寝床が生きている間、一生保障される代わりに、俺達に自由はなかった。
言葉通り、この命が果てるまで。
命の危険をさらしながら、国家のために任務を遂行しなければならなかった。
逃げれば死。
今の道を、選ぶしかない。
どんな状況にいたって、死ぬのは嫌だろう?
懐付近で、何かが震えた。
瞬間に全神経で回りを探ってみたが、少なくとも半径10メートルには何もいない。
すばやくその機械を出して、耳に当てた。
「もしもし。」
『ー♪ー♪』
「・・・・・・・・・もしもし?」
弥星は、思わず手のうちにある機械を見つめた。
なんだ。この機械、狂いでもしたか?
どうして鼻歌が。
しかも調子が外れまくっている。
どこを見ても故障は見当たらなかったので、もう一度耳に当てた。
「もしもし・・・・?」
『あ、はい。なんですか。』
いやお前がなんですか!
電波の向こうから聞こえてくるのは、弥星と同じぐらいの年頃の少年の声。
彼のほうが幾分弥星よりも低く感じるが、そう年齢は変わらないだろう。
いい声しているわりには、かなりのオンチだ。悲劇的。
「無線でかけてきたのは、お前だろう。」
『・・・あぁ。あぁ、そうかそうでしたそうでした。そうだった。ごめんごめん。
どうだ? 何か異常はないか?』
「無い・・・・・予定通り。」
何を能天気な声を出しているのだ。
弥星はイライラした。
今回の任務は甘くない。国家の機密員が人選を誤ったとは考えにくいが・・・
だけどイってないか、コイツ。
絶対にこんなやるに命を預けたくない。
『それはよかよか。十分に注意して行ってくれたまえよ。
・・・ふむ。お前は確か今、Dブロックにいるんだっけな?
あぁ、うんうん。んじゃあ、その合流地点には気をつけな。
一応一通り片付けといたけど、まだまだ人がわんさか居やがるから。』
用件はそれか。
それだけを早く言え。簡潔に! 無駄なく!
「他にないなら、もう切るぞ。」
『うんうん、好きにして。お前から切って。俺からは切らない。』
かなりうざい。
言われなくても切りたい。今すぐに。
けれど先ほど、ヤツが歌っていた歌が頭をよぎる。
音程が外れまくって元のそれが危うく分からないところだったが、間違いない。
「バッハ・・・パルティータの、第二番・・・。」
『えっ?!』
無線の向こうで、ヤツが間抜けな声を出した。
弥星はガクッときた。
さっきから、「あぁ。」とか「えっ。」とか、リアクションでかい!
『しし、知ってるの?!』
知ってるも何も、昨日聞かされたものだし・・・・・・。
頭に妙にリアルに残っているというのは、確かだが。
ヤツの声が妙にキラキラしていた。
曲名を当てられたことがよほどのこと嬉しいらしい。
「心情を隠せ。」「心の内を悟られるな。」
確か一番最初に教え込まれたことだ。
・・・どうなってんだよ、自分。
『そうそう。いい曲なんだよなぁ、これが。』
これなら何も言わず、電源を切ればよかった。
『誰も音楽に興味あるヤツとかいねぇーの。お前が始めてだ。』
俺も別に興味があるわけではない。
ただ頭の中に・・・・・・残っていただけだ。
『それじゃあ、今回の任務も無事、生き残れよ。ご武運を祈るっ!』
そう言ってヤツはプツリ、と無線を切った。
全く躊躇なく、簡素極まりないはなむけだった。
お前からは切らないんじゃなかったのか。
矛盾だらけだな。
俺も同様に無線を切って、懐にしまい込んだ。
曲名を当てられて、何があんなに嬉しいのか。
変なヤツ。
ここではゴロゴロと人が死んでゆく。
俺と同じ年頃の子供が、一夜に数えるのも面倒なほど死んでゆくのだ。
洗脳するのは、子供が一番し易いのだそうだ。
身体能力を向上させるのも、子供の時期が一番いい。
履いて捨てるほど代わりはいる。
だから国家のヤツらは使い捨ての道具のように、子供達の命を扱うことをやめない。
たくさんの命が散っていく。
暴風にさらされた野の花のように。
子供たちも、大人たちも。
手駒のように、ポロポロと。
俺はずっと、その風景を見てきた。
凍てつく大地を蹴り上げる。
この身に羽が生えればいいのに。
それなら俺は、どこまでも飛んでいこう。
あぁ・・・・・・
今日もまた、長い夜が明けてゆく。
・・・ ・・・ ・・・
どうなってるんだ?
無線をかけても、向こうが出やしない。
どうか、死んでしまって出られない、というオチはやめてほしい。
これからの行動は、無線の先の主の行動にかかっているのだから。
すでに6コールを越してしまった時点で、俺は諦めモードに入っていた。
仕方がないな。死んでしまっては。少々危険でも、俺が任務を成功させるしかない。
大きなため息をつきながら、それを切ろうとした。
が。
『はいはーい。お電話承りまして。もしもし。どちら様ですかぁ?』
ズルッ。と。
本当にズルッと、足が滑りそうになった。
こけるだけじゃ済まない。危うく命まで滑りそうになった。
えぇぇええぇ。また無線の向こうのヤツが、アイツかよ。
『もしもーし。無視ですかぁ。聞いていらっしゃいますかぁ?
大丈夫ですかぁ? 生きておられますか?』
「・・・・・こちらの今の状況だが。」
『あ、この前の、君っ!!』
どうやら向こうも俺を覚えていたようだ。全っ然、嬉しくもなんともない。
それどころか、うざ・・・・・いやいや、今は仕事に集中しろ。
『いやぁ、またまた無線相手が君とだなんて、運命だなぁ。運命かなぁ、そう思わない?』
「思わない。」
『きびしっ!!』
「現在状況だが・・・・・・。」
『ねぇねぇ、君はポップミュージック派? クラシック派? それとも何派?』
殺す。
もし今ヤツが目の前にいたなら、俺は間違いなく殺していただろう。
それほど殺意湧いた。こんなことは、初めてだ。
確かに、
向こうのヤツはうざかった。それは断定できるだろう。
うざかったけれど、仕事はきっちりとこなす男なのだということを、後から知った。
俺が指示した操作は全て無難にやってのけたし、動きも申し分ないようだ。
当たり前か。コイツは俺と同じ、トップレベルの戦場にいる。
弥星はこの俺達の会話を、
無線を通して上層部のヤツらに聞かれていたらマズイことになるんじゃないか、とたずねた。
するとヤツは「この無線に記憶は一切残らないか大丈夫だ」と言った。
考えてみれば当然だ。
間違って敵側にこれが渡ってみろ。情報流出も甚だしい。
これから数分経った時点で、この会話は消されるそうだ。
だから、機密員に俺達の声が渡ることはない。
「それで・・・このドアの形状は・・・何か機具を持ってこないと、開かないだろうな。」
『えぇー、面倒くせ~。そういうところを、なんとかやってみせろよ。』
「はァ? ・・・なんとかって、何だ。」
『ほらほら、こう、ハンドパワー、みたいな感』
「死ね。」
話をしているうちに、俺達が収容されている部屋が、どうやら隣通しのようだということが
分かってきた。
部屋から出てきたときの角度、外に出されるまでの時間。それから、距離。
それらを照らし合わせて、どうやらそうらしいと見当をつける。
普段俺達は、基地に戻ると誰にも顔を合わせずにコンクリート詰めの個室に戻される。
囚人のようだ。そこに一切自由はない。
隣にも同じような境遇の者がいる。
思えば当然のことを、今まで考えもしていなかった。
ヤツはその日最後に
『今晩コンタクトを取ろう。』と言った。
できるのか。
まぁ、どんなに徹底的に機密員が子供達を監視していても、抜け穴は必ずあるものだ。
『俺に任せろって、弥星。』
・・・俺の名前を、知っているのか。
『あぁ。お前は有名だぜ。俺達の間で。』
どうやら向こうのヤツは、たくさんの子供達とすでにコンタクトを取っているらしい。
『おっと、もう切るぜ。じゃあな。聞き漏らすなよ。今晩な。』
プツッ。
また、躊躇なく切られた無線。
・・・・・・だけどその日は心のどこかで、
夜が来ることを、待ち望んでいたんだ。
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