ドント・ヒア・イット
しかし連絡を取るといっても、どうやって取るんだ?
牢獄のような部屋に返された後、とりあえず弥星はベッドの上で寝転がった。
後ろに回した腕を枕代わりにして足を組む。
「聞き漏らすな。」
何のことだ。あの機械に記憶は残らないんだろう?
ならもっと具体的に教えてくれればいいのに。
まぁ、今さらそんなことを思ったところで、どうしようもないのだけれど。
弥星は寝返りを打った。
上を見ても横を見ても下を見ようとも、見えるのはコンクリートの壁、壁、壁。
たった一つしかない出入り口には、数センチの隙間があるが、
それ以外は機密員が開けるまで閉ざされている。
空気工はある。とても小さいものだが。
とにもかくにも、先ほどの任務が終わって結構時間は経っている。
それなのに連絡が一つもないってことは
(・・・・・まさかアイツ、さっきので死んでるんじゃないだろうな)
自分が最後にヤツの声を聞いた第一人者だったら、絶対に嫌だ。
お断りする。こんな胸くそ悪い話ったらない。
まぁ、だけど多分大丈夫そうだな。
ヤツの声を聞いた限り、死んでも死ななそうだな輩だ。
自分で思いながら、妙に笑えた。
確かに死ななそう。
ゴキブリ並みに生命力が強そうだ。あ、それはゴキブリに失礼かな。
あの黒光りは実は、人間よりも昔から生きているらしいし。
・・・・・・ところで、だ。
何かうるさい。
俺は上半身だけ身を起こした。
辺りを見回す。
・・・・・何かの音がする。何だ? よく分からないけれど。
コン、コン、コン、ココン、コンコン。
コツコツ、コツコツ、しつこく音がする。
何かを指で叩いている音みたいだ。
何だ?
この部屋でこんな怪奇現象が起こるのは初めてだった。
機密員を呼んだ方が得策なのか?
奇妙な音がするって・・・・・・・はっ。
コン、コン、コン、ココン、コンコン。
――おーい。こちらに寄ってけろ。
コン、コン、コン、ココン、コンコン。
――おーい。こちらに寄ってけろ。
ま さ か な 。
まさかまさか、モーレス信号とか、そんなんじゃないだろうなっ?!
やめてくれ。
ええぇぇぇええぇェェエぇえ。
何の特撮だよ。馬鹿じゃないのか。映画の観すぎだろ。
この馬鹿っ! 馬鹿っ!!!
コココン、ココン、コンコンコン。
――まさか聞き逃すとかは、止めてくれ。
いや待て。
お前こそ止めろ。
黙れ・・・いや、行動を起こすな。
弥星は額に手を当てた。
総合的に考えて、何が一番良いことかを割り出してみる。
・・・仮にモーレス信号が、ヤツの連絡を取り合うための糸口ということは、
弥星は、
部屋の大改造をする必要がある。
個室にはそれぞれ、小さい隠しカメラが一台置いてある。
機密員が子供達を、監視するためのものだ。
奇跡的なことに、それらは小さな音を拾うほど高性能なものではない。
・・・・・いや、それが分かっているからモーレス信号?
とにかく、死角を作らねば。
ベッドをあちらの壁にやって・・・・・・うわ。真逆に動かさなくちゃいけねぇじゃねぇか。
机もこっちにやるだろ。
うざい。
ココン、コーン。コン、コーン。コココココン、コン、コン。コココンココン、コン。コンコン
――聞こえてますかー。聞いてるー? 俺ですよ。俺、俺。忘れてない? え、忘れてない?
・・・コンココンコン。ココ、ココ、コンココンコン、コン、ココッコココン、コン、コンコッコンコン。
――・・・仕方が無い。ではここで、思い出してもらうために、バッハ、モーレス信号で、歌います。
だぁああぁぁっ!
うぜェェエェエェッッ!!
ダァンッ―――!!
力の限り、向こうの壁にベッドを蹴っ飛ばした。
沈黙。
・・・うむ。正確にこちらの意思は伝わったようだ。
願わくば隠しカメラを通して弥星の行動を見ていた機密員が、
とうとう弥星キレた、と判断しないことだ。
弥星はチャッチャと、部屋の模様替えを終わらせた。
――よう。久しぶりじゃねぇか、弥星。
――・・・さっきの任務時に話しただろ。
――どうよ、この連絡方法。いかすだろ?
――予想もしなかったよ(馬鹿すぎて)。
――ははッ。だろ、いい考えだろ。昔、徹夜で考え出したんだ。
「・・・・・アホだ。」
――なぁー、弥星。
――何だ。
――お前の部屋、どんな感じ?
――どんな感じも何も、コンクリートの壁で囲まれてる。
――そっか。やっぱ皆同じ造りかぁー・・・。
――・・・・・・。
――なぁ~、弥星。
――何。
――桜、見たことあるか?
――はぁ? サクラぁ? (いやいや、突拍子がないにも程があるだろ。)
――そうだよ。弥星、知らねぇの? 茶色の太い幹に、ピンクの花が咲くんだ。
――・・・・・・。
――ありえなくね? 緑の葉っぱとかないんだぜ?すごくね?
どこの国だっけ・・・・えっと~、とにかくさ、どこかの国が誇る花でよぉ。
なんか想像できないよな。茶色の幹に、ピンクの花なんざ。
――・・・・・・。
――弥星、聞いてる?
――・・・・・・。
――弥星さーん。聞いてますッかぁ?
――・・・・お前さ。
――えっ、何々?
――なんかメルヘンチック。
――えぇー・・・・うそーん。そんなこと言われたの初めてぇー。
いやん、照れ
――死ね。
――・・・・・・。。。。
――・・・・・。
――・・・・。
――桜、見たいのか?
――・・・え?
――・・・・・・。
――うん。見たい。
――・・・・・。
――本で読んだんだよ。何の本だったっけな。何語だったっけ・・・・
何も覚えてねぇや。とにかくさ、すげぇ印象に残ってて。
その文章とかじゃなくて、呼んだときに、こう、頭の中でイメージ沸き立つだろ?
それがさ、なんか、ピタッと言葉に合わさったっつうか・・・・・
あぁ、これが桜かぁー・・・・なんつって・・・・
・・・・・分かります?
――分かる。
――え?
――桜の花の想像をしたことはない・・・けど、お前の言いたいこと、なんとなく分かるよ。
――・・・・・・・。お前さ。
――何。
――初めて会ったタイプだ。
――・・・・・・は?
――ここってさ・・・・・なんか、色んな意味でイッちゃってるヤツ、多いじゃん。
まぁ仕方ねぇけどさ。そんな風になったって。
俺もきっと、どこか壊れてる。
――・・・・・・・。
――そんで弥星も、きっとどこかが壊れてる。
――・・・・・・。
――だけどさ、こんな話ができたヤツは初めてだ。すごく、嬉しく感じてる。
お前と会えてよかったよ。無線で繋がってよかった。運命じゃん?
――・・・・・・・。
――アレ?死ね、とか、きしょい、とか言わないの?
――きしょい。きしょく悪い。気分が悪いから、頼むから死んでくれ。
――・・・・・ひどすぎ。
フッと、先ほどまで明るく部屋を照らしていた電気が消えた。
消灯の時間なのだ。
――弥ー星。
コンコン、と、壁伝いに伝わってくる、言葉。
弥星はそちらを見た。
――そろそろ寝るかぁ。睡眠は大事だしな。
弥星はベッドに、深く寝転がる。
――・・・・そうだな。
――じゃ、おやすみんしゃーい。また明日。
――・・・・・おい。
――・・・・え? 何? なんか言った?
“言った”じゃなくて“打った”
――極東だよ。
――・・・・・・は?
――桜を誇る国。
――あ・・・・あぁーあぁー。そうそう。そうだ。
これで気持ちよく眠れる。ありがとう。本当どうも、ありがとう。
そうか。国名を言っただけで感謝されてしまうのか。
壁に背を向けた。ベッドの配置をかえども、
見える景色は変わらないというのが、なんとも赴きがない。
――弥星ってさー。
・・・・・・なんだ。まだ終わらないのか。
――バッハの時といい、桜のことといい、意外に博識。
――うるせぇ。黙って寝ろ。
――えー、何々。どうして口調が荒くなるんですかー。
あ、もしかして照・れ・て・
――死んでみるか?
――はい、すみませんでした。おやすみー。
・・・・・おやすみ。
隣人は大切にしろ、か。
俺はそっと目を閉じた。
明日に備えるために。
明日も、明後日も、そしてその次も。
次の太陽を見るまで、この命を繋げるために・・・・・。
壁の向こうのアイツは、どうやら音楽や詩や文献が好きなようだった。
その方面には決して疎くはない俺と、話していて楽しそうだった。
どちらがより多くの知識を持っているか、
競争しようとまで言い出したものだから、俺も文献探しに大忙しだ。
たいてい勝ったけど。
まぁ、頭の造りの差だな。
だけど、マニアってるところは、ヤツがいつも一人勝ちだ。あれは勝てねー。
ポンッと、十センチの隙間から、何か白い塊が投げてよこされた。
急いで駆け寄る。
よかった、隠しカメラの死角だ。
カサ・・・・と、乾いた音をたてて紙を開く。これはヤツからの、手紙だ。
時々ヤツはこうやって、手紙をよこす。
部屋の前を通る、そのほんの瞬間に、的確にこの数十センチの隙間に投げ入れる。見事な芸当だ。
機密員に見つからないかヒヤヒヤもんだが、今まで失敗したことはない。(失敗したら、殺されてる。)
数十回やろうと、調子に乗って手を抜くほど、俺達は甘くないしな。
さて、用件だが。
『今日の午後、俺が任務終わった後っ!!
挑戦いたす。範囲は世界の地理っ!』
はいはい、はいはいはい。
挑戦状かよ。
変わり映えのないやつだな
思わず、苦笑いが零れた。
このおかげで、弥星もずいぶんと世界の情勢について詳しくなったわけだった。
話そうと思えば、6ヶ国語は軽い。
本当に、アイツはどんどんと弥星を変えていく。
それは、弥星にとって、嫌ではなかった。
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